元アニメーターがフリーランスのイラストレーターになるまで 【1/4】

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プロフィールマンガ全4本・アニメオタク編です。楽しんでもらえたら幸いです。

もくじ

幼少時代から絵や工作だけが得意でした

小さい頃から描いたり作ったりするのが好きで、小学校に入ってからはデッサン・スケッチなどそのまま描くのが得意で何度も賞を取っていました。

運動が大の苦手でマラソン大会ではいつも感動のビリだったのがトラウマです。

学校での勉強は風邪で休んだだけでついていけなくなるのが嫌で、あまり成績はよくありませんでした。

物を盗られたり子供同士の派閥争いに巻き込まれたりと、真面目に通ってはいましたが小学校から高校までネガティブな思い出しかありません(^-^;

中学はオタクの風当たりが強い時代でした

中学になってからは『まだ漫画とか読んでるの?』と言われるような環境で、小学校時代に仲良かった子は遠ざかっていきました。

廃部しそうな美術部に入り、マンガの模写ばかりしていて(SLAM DUNKの表紙そのまんま絵の具で描くとか・・・)文化祭に発表したりしていました。

情報が学校か少女誌くらいでしか掴めなかったので、同人誌の文化も知らずに隠れながら中学時代を過ごしていました。

高校に入ってインターネットに触れ、完全にオタクの道へ

デザイン科のある高校へ。美術部と文芸部を掛け持ちして今も付き合いのある友人とアニメと漫画の話ばかりしてました。

アニメ誌への投稿は、ある時期ほぼ毎月掲載されていました。
掲載されるのが嬉しくて毎月何枚も出していた覚えがあります。

父が古くからパソコンを持ってたこともあり、インターネットやパソコンを覚えるようになりました。
Win98時代から触っていて、最初に作ったホームページはWordで作ってマウスで描いた絵を掲載していました。

学校以外の場で、好きなアニメや声優の話ができて当時の私にはとても新鮮でした。

アイコン作ったり、ポストペットのお菓子を自作したり・・・おかげでパソコンでの描画やイラレ&フォトショにも慣れていきました。
インターネットやパソコンが無かったら絶対今のようにはなっていないと思っています。

ショックを受けた作画崩壊

当時とっっても好きだった、業界的に有名な某アニメでの作画崩壊。
リアルタイムで見ていました。
本当にショックで『私が描いたほうがマシだよね!?』と思ったのがアニメーターを目指すきっかけでした。

その後、ネットで知り合った友人もアニメーター目指すと知り、業界の事を詳しく知らないまま進路を決めました。

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